今、何考えてる?



 突き刺すような視線――とまではいかないが、絶え間なく注がれるその眼差しにユーゴは戸惑っていた。多少なりとも好意を寄せている相手から熱い視線を送られてなお平静でいることなど、“天才”と名高いユーゴでも不可能だ。
 まるで降参とばかりに本から目を離し、目の前の少女に問いかける。
「……何か用、か?」
 その言葉に一瞬目を丸くしたものの、少女はあどけない仕草で答える。
「ううん、特にないよ」
「そう、か……」
 ならば何故、とは言わなかった。用が無くては駄目なのか、と逆に訊かれるのが明白だったからだ。そしてそれは、以前にも何度か繰り返したやり取りでもある。
 地上での生活は今までの生活と全く別物だった。自分一人で生きていけると思っていた少年にとって、その現実は屈辱以外の何物でもなかった。それでも、こうして自分を保っていられるのは――認めるのは悔しいが――彼女や、他の仲間たちのお蔭なのだろう。
「ねえねえ、ユーゴ君。いま考え事してるでしょ?」 
「え?」
 相変わらずの無邪気さで、ユニカは「顔に書いてあるよ」と笑いながら言った。ポーカーフェイスを気取っているつもりは毛頭ない。が、そこまで断言されてしまうと、それはそれで悔しくもある複雑な年頃だ。
 そんなユーゴの葛藤など知りもしない彼女は、「ユーゴ君がいま何考えてるか、当ててあげるね」と言って頭を捻っている。特に止める理由はないので、ひとまず彼女のしたいようにさせることにした。朝から続く雨音に耳を傾けながら、ユーゴは暫く口を閉ざす。
「ええと……今日の晩御飯は何だろう、とか?」
「夕食のメニューを考えるにはまだ早いんじゃないか?」
「うーん……そっか」
 ちなみに今日の夕食当番はユーゴ本人で、その献立内容も彼の中でしっかり決まっていた。
「じゃあ……今日は雨が降ってるから出掛けられなくて退屈! どう?」
「出掛けられないというのは納得だが、退屈ではないな」
「そっか。私は外に出られないと少し物足りないんだけどなあ」
「家の中じゃ、あまり動き回れないからな」
 どちらかと言うと体力派なユニカにとっては、この長雨は辛いものなのだろう。頬杖をついてユーゴと向き合う姿は、少し退屈そうだった。かと言って、この狭い家の中で斧や大剣を振り回されるのも問題だが。
「ねえ、ユーゴ君……その本、面白い?」
「つまらなくはない」
「何度も読んだことあるのに?」
「何度読んでも面白いものは面白いさ」
「そうなんだ……」
 視界の端で捉えたユニカの表情に、ユーゴは静かに本を閉じる。
 何度読んでも面白いものは面白い。だがそれは、今以外での話だ。こんな――あからさまに寂しそうな様子を見せる彼女を前にしては、こんなものはただの文字列でしかない。
「あれ、読まないの? ……もしかして、邪魔しちゃった?」
「いや。ただ……」
「ただ?」
「………………何度も読んだから、つまらなかっただけだ」
 言いにくそうに呟いた彼の言葉。今まさに自分で自分の言葉を捻じ曲げたことに気付かないはずないだろうに。
「何度読んでも面白いって言ったのに」
「……今日はつまらなかったんだ」
 意固地になって言い張る姿が可笑しくて、嬉しくて、ユニカは人知れず幼い満足感に浸る。
 一方ユーゴは、あまりにも見え透いた自分の言い訳に今更ながら恥ずかしくなり、眉根を寄せて窓の外を睨んでいた。夕暮れ時でもないのに、その顔はひどく赤らんでいる。
 ひとしきり笑った後、ユニカは満面の笑みを浮かべて言った。
「私ね、さっきからずっとユーゴ君のこと考えてたよ」
 ユニカのその言葉に、元より羞恥で染まっていたユーゴの顔は茹で蛸と化したのは言うまでもない。

「……どうでもいいけど、あの二人は毎度毎度同じようなことしてて飽きないのかな」
 微笑ましくも見慣れた光景に、エポナは半ば遠い目をして呟いた。


     end



 2010/01/24/SUN
  最後の呟きは、むしろ書き手の私に向けられるべき言葉だよね・・・。ワンパターン!