その日も彼は、いつもと変わらぬ一日を過ごしていた。散策や読書などを楽しんだ後、すっかり馴染んできた居住地へと戻る。そうして、それぞれ思い思いに過ごしていた仲間たちと、何気ない会話をして一日を終える。それが彼の日常。
 しかし、いつもと変わらない午後を送るつもりだった彼は、魔獣除けに作られた柵を過ぎた辺りで、非日常な展開を迎えることとなった。



気丈なあの子が涙するとき



 もうじき扉の前という所で、ユーゴは僅かに顔を俯かせたまま立ち尽くしている人物に気付いた。地上で暮らす仲間の一人、ユニカだ。家にも入らずに、何をやっているのだろう。わざわざ自分の帰りを待っていたというわけでもなさそうだった。
 不思議に思ったユーゴは、そろそろと彼女に近付く。そしてようやく、彼女の異変に気が付いた。
「……ユ、ユーゴ君……」
「な、どうした!? 何があったんだ!?」
 見上げたその顔は、溢れんばかりの涙を目に溜めた痛々しいものだった。泣くことなど滅多にない彼女のその姿に、ユーゴにしては珍しく慌てた様子で駆け寄る。
「…………痛……い」
 おろおろと取り乱すユーゴに、ユニカはぽつりと呟いた。
 痛い、ということは怪我をしたのだろうか。目立った外傷はなさそうだが、だからと言って安心は出来ない。そう言えば彼女は、修行と称して魔獣の出没する地域へと出掛けることがあった。まさか、それで――。
 しかし、飛び出した言葉は予想もしないものだった。
「……タマネギ、目に沁みる〜!」
「は?」
 間抜けな声を上げて立ち尽くすユーゴの前で、扉がゆっくりと開いた。  飛び出してきたのは、手作りのエプロンを身に纏ったミュシャ。彼女はユーゴには目もくれずにユニカへと駆け寄ると、手にしていた白いタオルを未だに涙を浮かべたままのユニカに手渡す。
「ほら、ユニカさん。これで目を拭いて? 少しは痛みも引くと思うから」
「うう、ありがとう〜ミュシャさん……」
 よく見れば、ユニカもミュシャと同じようなエプロンを身に着けている。そして、よくよく見ればユニカの右手には包丁が――咄嗟のことで見逃していたとはいえ、改めて見ると危険な装備だった。
「うう、痛かった……。ありがとね、ミュシャさん」
「どういたしまして。ふふ、もう大丈夫?」
 ミュシャのタオルで楽になったのか、ユニカは弱々しく微笑んだ。
「………………」
 すっかり取り残されてしまったユーゴは、ただ黙って事の成り行きを見守るだけだった。目の前の微笑ましい光景に、自然と渦巻く疎外感。
「あれ、ユーゴ君? どうかしたの?」
 それはこちらの台詞だ。
 答えは一つしかないと分かってはいたものの、ユーゴは問わずにはいられなかった。
「……何をしてたんだ?」
「え、何って……」
「お料理だよ? あっ、そうだ! 今日の晩御飯、張り切って作るから楽しみにしててね」
「……ああ、うん……。気をつけて、な」
 今晩の食卓に何が出てくるのか不安に思いながら、ユーゴは力なく頷いた。


     end



 2010/02/14/SUN
  きっと皆で交替してご飯作ってたらいいなあ。というわけで、ユニカの初当番日のお話……かな。